当社は2020年10月、CEATECと同時に「フローティング機能と高速伝送を“両立”させた基板対基板コネクタ」として「10143シリーズ」の発表をさせて頂きました。 (2021年 8月までに25Gbps対応の検証も完了しています。)
「“両立”する」とわざわざ書いたのは、本来この2つの機能・性能がトレードオフの関係にあるからです。当社以外のコネクタメーカ様でも、類似コンセプトの製品リリースにおいて、「相反する要求を両立」といったニュアンスを見かけたこともあるかもしれません。この課題はまさに我々コネクタメーカの腕の見せどころ、技術・開発力を費やしている部分のひとつです。
しかし、漠然と「相反する」とだけの説明で、「何故相反するの?」という点はあまり説明されていないような気がします。関係者の方は「常識でしょ」とおっしゃるかもしれないですし、製品を使われる方にとっても「そういうもの」でも済む話でもあるのかもしれません。それでも中には、本テーマについて興味のある方もいらっしゃるのではないでしょうか?そんな方に向けて、「できるだけ簡単に説明をしてみよう」というのが今回の内容となります。
フローティング=浮かんでいるという意味ですが、可動領域を持つコネクタのことをフローティングコネクタと呼びます。そのまま「可動コネクタ」と呼ばれることも。主には基板と基板を接続するコネクタにその機能を持つことが多いです。
では、何のために「可動領域を持つ」のでしょうか?
電子機器の高性能化等に伴って、2つの基板を繋ぐときに2つ以上のコネクタを介しての接続が必要となることがあります。例えば下図のように2つのコネクタがあった場合、基板へのコネクタ実装の際に生じてしまう「ズレ」はどうしてもゼロにはなりません。このズレがある程度以上の大きさを持ってしまうと2つのコネクタを同時に嵌合させることに無理が生じます。仮に何とか組付けられたとしても、常にコネクタの基板への実装部=はんだ付け部等にストレスがかかってしまいます。このズレを「可動」によって吸収しようというものがフローティングコネクタです。
基板上の実装ズレのみではなく、筐体の組付け時に強要される基板間の位置による影響なども緩和可能です。コネクタは通常バネ性を持った端子を接続に使用しますので、この形状を工夫して可動域を持たせる構造が最も典型的なフローティング構造になります。一定以上の可動域を持つことで、機器の組み立てを容易にしたり、実装の精度や設計に自由度を与えたります。
さて、それではコネクタが「高速伝送」に対応するために重要なポイントについて話を移していきます。高速伝送に対応した伝送路を査定するにはいくつかの重要なパラメータがあります。その中でも、コネクタのような比較的距離が短い伝送路部品においては、特性インピーダンスが特に重要になります。
ご存知の方もいらっしゃると思いますが、特性インピーダンスについて少しご説明します。
高周波信号は、その波長に対して十分な大きさを持つ特定伝送路、部品や部位を通過する際に「存在できる」電流と電圧のバランスがその物によって決まってしまいます。これはもう自然現象というか、ルールのようなものです。そして特性インピーダンスはこの時の電流と電圧の比を取ったものです(電流/電圧=よって単位は抵抗と同じΩになります)。
問題は、連続する物や箇所、隣あった状態でこれが異なるとどうなるのかという点です。簡単な例を下図で示しています。50Ωの特性インピーダンス中を伝わってきた50Vの信号電圧は、1Aの電流を伴います。これが、100Ωの特性インピーダンス中に侵入した場合どうなってしまうのか?電気信号において、それが伝わる過程で「電圧」「電流」「電力」すべてが連続でなければなりませんが、この場合普通に侵入したのではつじつまが合いません。そのつじつまを合わせるように信号の一部が「逆流」するような現象が発生します。これを「反射」といい、特性インピーダンスの不連続が生じた際に発生します。
では、この反射がどのように信号伝送に悪影響を与えるのでしょうか?
それは下図のように、「反射があることで信号のエネルギーが減ってしまう=通過する分の信号が小さくなる」というのが一番シンプルな問題です。加えてより深刻なのは、2カ所以上で反射が発生した場合、再反射によって過去の信号成分が現在の信号に合流してしまいノイズとなってしまうという問題です。
次に、フローティング構造をもったコネクタの特性インピーダンスに関して、説明をしていきます。
コネクタは主にバネ性を有した銅金属などからなる「端子」を「ハウジング」と呼ばれる樹脂部品に組み付けることで構成されるものが一般的です。コネクタの特性インピーダンスは、この金属部品と樹脂部品の形状、サイズ対比や距離感等の関係で決まってきます。下の表に特性インピーダンスが上がる(大きくなる)、下がる(小さくなる)主な例を簡単にまとめています。ここから特に読み取っていただきたいのは、「端子なりハウジングなりの形状が変化をすることで特性インピーダンスも変化する」ということです。
一方で、図のようにフローティングコネクタの端子形状は複雑化し、樹脂部品との位置関係も信号の経路方向で多くの変化を持ちます。よって、どうしてもコネクタの内部で特性インピーダンスの変化が生じやすくなるのです。
この時に設計の工夫として、例えば特性インピーダンスが小さくなる変化が生じる箇所に、別の要素で大きくする変化を合わせる等を実施していきます。しかしながら、例えば「樹脂が被らない部分の端子巾だけ広くしよう」としても、今度はその部分のバネ力が強くなりすぎてやはり成立しない等、一筋縄ではいかないことが多々あります。
加えて、機構性と電気特性を双方満たしながら、製品の生産性=コストも考慮しなければなりません。いたずらに複雑な形状を選択しても組立性が成立しなかったり、良くて非常に複雑なプロセスが必要となったりします。前述の例で挙げた端子形状等も端子加工もハウジングの組付けも、課題の山となります。製品を付加価値相応の価格で市場へ投入し安定供給することは、メーカの責務です。よって、よほどの事情で作られる高価なカスタム製品を除けば、この生産性の確保というのは制約のひとつになります。
もちろん生産技術革新が設計の自由度を上げてくれるので、小さなものは当社も日々取り組んできています。将来的には新たな製法の導入、金属/樹脂とも3Dプリンタの活用(あるいは複合して成形も)が可能となるかもしれません。近年進化の著しいレーザ加工技術の有効活用も進んでいくでしょうし、それらとは異なる全く別の製法も開発されているかもしれません。そうなった時には、これまで「あきらめていた」構造が量産品として成立するかもしれないと思うと、それはそれで楽しみではあります。
まとめると「フローティング機能を持ち」「特性インピーダンスが安定し」「生産性の良い構造」のコネクタを開発するという点が相反する要求を成立させる課題であり、各コネクタメーカがしのぎを削っている部分になります。
ここまでの説明で、「反射が問題なのはわかったが、何故高速(高周波)のみでの問題なのか?低周波信号ではどうなんだ?」と疑問をもった方もいらっしゃるかもしれません。実際に前項で上げた課題は、高周波になればなるほど顕著になります。その理由は「(部品あるいは部位の)特性インピーダンスを考慮しなければいけない周波数とその部位の大きさ」にあります。
電気信号=交流信号には長さがあり「波長」と呼ばれます。下の図の様に、この波長は高周波にいくにしたがって短くなっていきます。少し雑な書き方になりますが、この波長に対して十分短い場合においては「(ちょっとした)特性インピーダンスの乱れは無視できる」のです。
ところが、「どのくらいの比率から気にしないといけないか?」というのは意外と難しく、乱れの大きさにも依存します。大学の教科書レベルでも「1/4×λ(波長)>>物理長」の場合は無視できるのではというような記載になっています(正確には分布定数回路として取り扱うか集中定数回路として取り扱うかの区分けで、正しい表現ではないのですが・・・・分布定数回路と集中定数回路に関しては別の機会があれば説明します。もしくは興味がある方は調べてみてください)。個人的実体験のからの感覚では、波長の1/20位から影響が出始めて、1/10位の大きさのものだと無視ができないといったイメージを持っています。より正確には、個別の製品のモデルをHFSS等の電磁界解析にかけることで見出せます。
この考慮すべきサイズは、「電話通信時代に”Km”単位で起こっていたことが、通信速度が上がり”Mbps”に入った時に”m”単位で起こるようになった。それが”Gbps”時代の現在は”mm”単位で発生している」というように変化してきました。
さらに蛇足的に「イメージの話」を付け加えさせて頂くと、例えば道路に直径20cmの穴が開いていることを想像してください。象が歩いていてもその穴には気づきません。人間だと大人ならつまずくかもしれませんし、子供なら浅い穴ならつまずく程度でも深い穴だと足がずぼっとはまってしまうかもしれません。通りかかったのがハリネズミなら穴の中に落ちてしまい、深い穴だと二度と外にでられないかもしれません。それぞれの通過者の体の大きさが波長、穴の大きさが部品や部位、穴の深さがインピーダンスの変化量とイメージして頂ければと思います。
コネクタは特性インピーダンスに乱れがあっても、信号から見ると比較的小さい穴でした。それが信号の速度が上がり、波長が短く=体が小さくなってきたことで、コネクタ内部の些末な構造変化すらも信号伝送へ影響を与える時代になってきたのです。だからこそ「フローティング機能と高速伝送を両立」というのが製品の特色=セールスポイントとなり得るのです。
各種伝送規格やコネクタを使われる立場の方が気にされる伝送パラメータとしては、より実動作に直結したもの、特性インピーダンスよりずっと重要・有用視されるものが多くあります。当社でも製品評価や仕様化にはそういったパラメータを重要視することがほとんどです。しかしながらコネクタにおいては、それらのパラメータを決定づける、あるいは悪化させると言っても良いかと思いますが、その根源=ルートコーズに「特性インピーダンスの変化による反射」があるのです。
例を挙げれば、重宝されるSパラメータの1つであるリターンロスはまさに反射を示すものですし、電気長の短いコネクタにおいては挿入損失の劣化も反射が大きなファクタとなります。また、反射点は結合が強くなりクロストーク特性を劣化させ、多点反射による共振でのアンテナ化はクロストークやEMCへ大きく影響します。特性インピーダンス、特に局所的なものはその微妙な動きによって伝送性能への影響度が変わり、定量数値でXX~YY等と簡単に仕様化することが難しくなっています。そのため、近年は主に、より実用的な周波数ドメインの伝送パラメータが仕様として有効になってきています。一方で、特性インピーダンスは「コネクタ設計」として見た場合に重要で、いかに安定させるか(変化を減らすか)というアプローチが高速伝送につながるのです。
今回はフローティング機構と高速伝送特性の両立の困難さをテーマに、その理由と大まかな技術背景を説明させて頂きました。当社に限らず現在のコネクタメーカが各社真剣に取り組んでいるテーマのひとつであり、その苦労が多少でもお伝えできれば良いなと思います。当社は、特に「フローティングと高速伝送の両立」という課題では業界のトップを走っていたいと考えておりますし、そのために日々努力を積み重ねています。一方で、同業他社様の新製品リリースで素晴らしいコンセプトを見れば悔しい一方で嬉しさもある独特の感慨を覚えます。こうやって切磋琢磨していくことで、様々な場所で高速信号を繋ぐことに今後も貢献していければと思います。
こちらに、当社の高速伝送コネクタへの様々な取り組みを掲載しています。ぜひご覧ください。